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久しぶりのフォスフォレッセンス

私がその小説に出会ったのは大学生の時。なかなか眠れなくて、インターネットで見つけた太宰治の小説が朗読されているサイトだった。

その中に、フォスフォレッセンスという題の短編があった。

目を閉じて夜に、朗読を聞いていた。

なにやら夢の中と現実の話が入り混じったような話だった。

主人公の男が、夢の中での恋人の女性に、野原で一緒に寝転びながら、いろいろと質問されるのに、なにも答えられずにいて、

そして涙を流す場面。

寝転ぶ二人の上を、とても大きな鳥が、飛んできて、「ここでは泣いていいけれど、あちらの世界では泣いてはいけないよ」というシーンが、私はなんだか泣けてしまった。

別に、人を感動させて、泣かせてやろうなんて、太宰治は思ってないような、そんな内容の小説なんだが、この話を聞いていて、私はとてもきれいな世界を頭の中に描けた。目を閉じて、自分も夢の世界に入ろうとしている中、夢と現実が入り混じった話を聞いていて、なんだかすっと自分が夢の世界に吸い込まれていくような気持になった。

夢の世界だけ、泣いても良いよ。

現実では泣けない人たちは、夢の世界でだけ思い切り泣いている。夢と現実はつながっているのかもしれない。

普段はつながっていることを忘れているから、涙をながしたこともきっと忘れてしまうのだろう。

最後すらすらと主人公の男が言った、フォスフォレッセンスという花の名前。これは夢の中の彼女が好きだと言う花。

彼女と主人公、ふたりとも泣きたくなるような現実を背負っているけれど、見せずに生きている。

その強さと、夢の中での繊細な壊れてしまいそうな優しい世界のギャップが、胸を締め付けていく。

久々に、今度は活字で読んでみた。

また涙を流してしまった。

Published inルルの日記