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他界した父についておもうこと

この春、父が亡くなりました。
幼少期に両親が離婚をし、子供世代も独立した父は所謂おひとりさまと呼ばれる老後の一人暮らしをしていました。

父の病気が発覚した際、私は地元を離れ遠く都会での仕事をしていたのですが、そこから毎月看病に通う費用の負担や、また周りの病室とあまりに違う花1つない殺風景な部屋を見て悲しい気分になり、父の最期を看取る覚悟を決め地元へと帰省しました。

久しぶりに地元へ帰った私が知ったのは父の意外なコミュニティ。
おひとりさまで友達もいないと思っていたのですが、闘病仲間や同じ病気の人同士での励まし合いなど、様々な人と連絡を取り合い、共有し合って生活していることがわかりました。

その中にあった1つが、終活でした。

終活と言う言葉に、聞き覚えのなかった私は父に問いました。
最期の暮らしを自分で決める活動だ、と父は語り、そんなもう死ぬことを決めたみたいに…と私は悲しくなった覚えがあります。

例えば連絡して欲しい相手だったり、最後に会いたい人だったり、もう必要なくなった物の整理であったり。
また父は長男でしたので、今後の親族付き合いの件にも言及してきました。

そうやって、いずれ来る死と向き合いながら過ごしていくと、不思議なもので段々とそれが悲しいものからノルマと言うかこれまでにここまでやっていかなきゃね!と最期の共同作業とでも言いましょうか。前向きなものになっていきました。

あまりに前向きに淡々と進めるが故、亡くなる前提で進めるなと周囲から責められたこともありました。

そうしてなくなる1週間前でしょうか。本人も悟ったのだと思います。
今後のことをいくつか私に師事してきました。
そして、今まで1つも言わなかった弱音をいくつか漏らしてきました。

その中にある印象的な言葉が、
「人はすべての人に忘れ去られた時に死ぬのだ。」と言う言葉で、無縁仏にならないよう配慮してきた私ではありましたが、やはりいくら前向きに過ごしてきたところで辛かったのだなと感じました。

天涯孤独な方や、周りとの縁が切れてしまった方、人知れず孤独死をされた方など無縁仏となってしまった方は多数おられると思います。

しかし可能であるならば、近しい人の終活。最後に本人と、また自分とその人との関係とを向き合う大切な期間として、自分の目と手が行き届く範囲の方だけでも共に歩んで行きたいものだなと私は思いました。

そりゃ、長生きしてくれるに越したことはないですけどね。

Published inルルの日記